切ない暴動の裏にある鬱積という絶望に関しまして????

忘れもしない、以前の12月28太陽。その日は職場の出勤納めの太陽だった。迂回もせずに電車に乗って家路についた。一年間何事もなく、無事に取り止める…はずだった。
乗っていた電車を降りた機会、私の足元にドサッといった何かが落ちてきた。足に当たる崖っぷちの場で、うわっといった驚いて見ると、それは見知らぬ中年だった。電車がターミナルに到着し、シャッターが開いて降りた瞬間の店だったので、自分は最前にいた中年がやにわに具合が悪いか何かで倒れたのかと思った。これは大変だと憧れ、「中年!大丈夫ですか!?中年!?」って、中年の体を抱き起こし、声をかけ続けたが、中年は瞳を開いたとおり空を見て要る。意識を失っているのだろうかと思い始めた場合、遠くからダディの所見で「己が酷いんじゃない!!己の力不足じゃないんだ!!」といった聞こえてきた。声の道のりを見ると、駅員ぽいヤツがおんなじ制服のダディを助けるようにしてこちらに近づいてくる。支えられて掛かる男性はまったく取り乱してあり、終始叫んでいる。何だか不快予感がしてきたその時、ターミナルのショップの女性が近づいてきて自分に言った。

「あんた、その人電車に飛び込んだのよ!!」

理解できなかった。私のこぶしの中で空を見つめているこういう中年は依然として人懐っこい。滑り込む=即死じゃないの?だって目だって開いているよ…?
依然人懐っこい中年は、人肌の色あいが紫色っぽく不潔し始めていた。いよいよ誰が見ても“生きて”いなかった。
駅員君に成り立ちを聞かれ、中年を最前にそっと寝かせ、ありのままのことを説明した。自分にはこれ以上訊くことがないのか、帰ってもいいと言われた。
どうして帰ってきたのか覚えていない。暫し頭から紫色の形相が離れなかったが、不思議と怖さはなかった。
翌日の朝刊に、「青森のリンゴ農園のダディ、走り込み自殺」と載っていた。腸内環境サプリ